日本における検閲(にほんにおけるけんえつ)は、大日本帝国時代を中心に内務省等により、また連合国軍の日本占領時代にはGHQ/SCAPによっても行われていた。検閲は大きく分けて事前検閲と事後検閲の2種類あるが日本において行われたものの多くは事前検閲である。
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江戸時代から出版が盛んになるにつれて江戸幕府も検閲に乗り出すようになった。初期はキリスト教や幕政批判、徳川家の事績に関するものが発禁の対象だったが、寛政の改革では風俗を乱すものや贅沢な出版物も対象となった。版木を没収されたものでは『海国兵談』などが有名である。
大日本帝国では讒謗律、新聞紙条例、出版法、新聞紙法、映画法などに基づき内務省が書籍、新聞、映画の記事・表現物の内容を審査し、不都合があれば発行・発売・無償頒布・上演・放送などを禁止する検閲が行われてきた。行政処分として現物の没収・罰金、司法処分として禁錮刑を受けた。
大日本帝国憲法では、通信・信書の自由・秘密が第26条に保障されていたが「法律の定める範囲で」という留保付きのため有名無実だった。日露戦争の後、内務省は逓信省に通牒し、極秘の内に検閲を始めた 。
脚本の検閲は、演劇興行の用に供する場合、当該地方官庁の取締を受け、したがって興行の用に供さない脚本は取締の範囲外であるが、願出の場合はそれぞれ規定の形式があり、1ページ30字詰以内(活字刷のものは除く)として明瞭に記載することとされた。脚本の認可の印を押捺されたものは3年間の有効期間を有し、この検閲には教育上の悪影響、国交親善を阻害するなどの項目に特に注意された(大正10年7月警視庁令15号)。 フィルムの検閲は、取締を受けるものは観覧の用に供するもののみであった。説明台本2部を製作し、内務大臣に届け出ることが必要で、儀式、競技、時事を写実したもので特に急速を要するものは映写地の地方官の許可を受け得た。フィルムの長さは制限が無いが、上映の場合は興行に対して無声版は5750m、発声版は6000mが限度であった。検閲は手数料を要し、内務大臣が許可したものは3年間、地方長官の許可したものは3ヶ月間有効であった。検閲官庁が公安、風俗または保健上障害があると認めた部分は切除され、検閲済の検印を押捺し検閲の有無が明らかにされた(大正14年3月内務省令10号、大正11年7月警視庁令15号)。 レコードは、発売頒布の目的で音を機械的に複製するものに対して取り締まられた。製品は解説書2部を添え、規定された様式に従って内務大臣に差し出して許可を要し、検閲上の取締方針は出版物と同様であった(明治26年4月法律15号、昭和9年7月内務省令17号)。 法律によって解釈される新聞は、一定の題号を用い、期間を定め、または6ヶ月以内の期限で期限を定めず発行される著作物で、同一の題号の新聞を他の地方で発行する場合はそれぞれ別種の新聞と見なされ、発行人は保証金を納入して許可を受けた。検閲の眼目は安寧秩序を乱し風俗を害するものに向けられ、これに違反したものは発売を禁止された。発行と同時に内務省2部、管轄地方官庁、裁判所検事局へそれぞれ1部を送って検閲を受けた。雑誌は月刊物で新聞紙法によって発行されるものは同様の取締を受けた(明治42年5月法律41号、明治43年4月内務省令15号)。 著作物は、出版法による文書、図書を発行した時は発行3日前に内務省に製本2部を納本する必要があり、書簡、通信、社則、引札、番付、写真等は内容が取締法規に触れないものに限り届出が省略された。検閲にあたって当局は内容が皇室の尊厳を冒涜し、政体を変改しその他公安風俗を害するものは発売頒布を禁止し、鋳型および紙型、著作物を差し押さえ、または没収し得た(明治26年4月法律15号、明治43年4月法律55号、昭和9年7月内務省令17号)。 絵画彫刻は、取締を受けるのは公衆の観覧に供する場合に限られ、当局は公安を害し風俗を紊す場合は陳列場から撤回を命じることができ、極端なものは没収することもある(明治33年3月法律36号)。
更に1941年(昭和16年)10月4日には、臨時郵便取締令(昭和16年勅令第891号)が制定されて、法令上の根拠に基づくものとなった。
敗戦後、占領を開始した連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) はすぐさま検閲を始めた。1945年(昭和20年)に「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書」(SCAPIN-16、9月10日)や「日本ノ新聞準則ニ関スル覚書」(SCAPIN-33、9月21日)(いわゆるプレスコード)などを発出し、民間検閲支隊により日本のマスコミへの事前検閲や事後検閲を行い、反占領軍的と判断した記事(占領軍兵士による犯罪なども含まれた)を弾圧して全面的に書き換えさせた。なお、これらの言論統制をウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムと称する命令の一環として見る文芸評論家の江藤淳の説がある。また、これらのGHQによる行為は個人の手紙や電信電話にまで及び、検閲は隠匿され、日本國憲法施行にあってもに強力に実行された。
現在の日本に於いて検閲は、日本国憲法第21条第2項前段において明示的に、そして絶対的に禁止されている。
条文:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
検閲の歴史を踏まえて規定されたのがこの規定である。また検閲を包含する概念として事前抑制がある。事前抑制も表現の自由を極度に抑圧するものであるから、原則として禁止されると理解されている。
例外として、刑務所や拘置所などでは検閲が認められており、刑務所や拘置所などの施設に置かれている雑誌や受刑者が出す手紙などには検閲され、部分的に切り取られるか文字が塗りつぶされている。この対処の理由としては、再犯などの防止のためである。
日本国憲法における検閲の概念
最高裁判所の判決によれば、日本国憲法21条2項にいう「検閲」とは、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるもの」とされる。これに対して、「検閲の主体を行政権に限る必要はなく、公権力と考えるべきだ」と主張する学説もある。また、判決では表現物が発表される前に行われるもののみを検閲であるとしているが、発表を許す一方でそれを受け取ることについて規制が行われたり、発表する事自体をためらわせるような規制が事後的に行われたりした場合も「検閲」であるとするべきであると主張する学説も存在する。
ただし、検閲制度とは別に、21条1項を根拠に「事前抑制の原則的禁止法理」というものが認められるとの説もあり、それによれば表現行為について公権力が事前に抑制またはそれと同視できる影響を及ぼすことは原則的に禁止される、とする。この法理を認めるのであれば、事前抑制の原則禁止は広く「公権力」が「表現行為」を抑制することを対象とする反面で例外が認められ、他方で検閲の禁止は「行政権」が「思想の内容」を審査すると狭く解する反面で一切の例外を認めない、と解することで、検閲禁止と事前抑制原則禁止で役割分担することで人権保障に資すると考える者もいる。
以下は検閲の概念について、最高裁判所昭和59年12月12日大法廷判決(民集38巻12号1308頁)において示されたものと芦部信喜の提唱した学説(異論説)を対比したものである。
日本国憲法制定以後でも、ある種の公の制度は検閲ではないかという議論が行われてきた。例えば、税関検査、裁判所の仮処分による事前差止、教科書図書検定、および青少年保護育成条例による「有害図書」の指定などである。これらの制度が日本国憲法上禁止されている検閲及び事前抑制にあたるかどうかは表現の自由および知る権利の保障に重大な影響を及ぼすため、慎重かつ厳密に議論すべきであると考えられている。以下、個別に説明する。
税関検査
関税法では日本国内に輸入することができない輸入してはならない貨物(輸入禁制品)について定めているが、同法69条の8第7項は「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」を輸入してはならないと規定している。税関ではこの規定に従い、輸入される物品の内容について検査を行っている。これを一般に税関検査というが、これが検閲にあたるのではないかという議論が行われている。
ポルノ雑誌の輸入を巡って争われた事件において最高裁は上記のように「検閲」を定義しつつ、税関検査はその「検閲」にも事前抑制にも該当しないため合憲であるとした。その理由として、輸入が禁止された書籍等の表現物も海外では既に発表済みなので、税関検査は事前に一切の発表を禁止するものではないこと、税関検査は関税徴収手続の一環として行われるのであり表現物を網羅的に審査して記載することが目的ではないこと、および司法審査の機会が与えられていることを挙げた。これについては学説からの異論もある。
裁判所による事前差止
裁判所は仮処分によって書籍等の出版を事前に差し止めることができる。これがしばしば問題となるのは、出版物によって名誉毀損や、プライバシーが侵害されるおそれがある場合である。「北方ジャーナル事件」(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決 民集40巻4号872頁)はまさにその例で、北海道知事選挙の立候補予定者を批判する記事を掲載した雑誌『北方ジャーナル』が発売前に名誉毀損を理由として裁判所により差し止めされた事件である。最高裁は仮処分による事前差止は「検閲」には該当しないものの、事前抑制そのものであるから厳格な要件のもと、例外的な場合にのみ認められるとした。具体的には表現内容が真実でないまたは専ら公益を図る目的のものでない事が明白であって、かつ被害者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがあるとき、および原則として口頭弁論又は債務者の審尋を行うこと、を例外的に事前抑制が認められる要件とした。また「田中真紀子長女記事出版差し止め事件」は東京地裁によって、事前差し止めの仮処分がされた例があるが、東京高裁において「重大で著しく回復困難な損害」でないとして、仮処分が却下されている。
青少年保護育成条例による有害図書指定
青少年の健全な育成を目的に、わいせつ性や残忍性をもった雑誌等を「有害図書」などに指定することで青少年への販売や自動販売機への収納、コンビニエンスストアでの販売等を禁止するといった青少年保護育成条例が地方自治体によって制定される場合がある。これも表現物の内容に着目してその発表を抑制しようというものであるから、「検閲」ないし事前抑制にあたるのではないかという議論がある。これが実際に問題となったのが「岐阜県青少年保護条例事件」(最高裁判所平成1年9月19日第三小法判決 刑集43巻8号785頁)である。最高裁は悪書が「青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になつていると言ってよい」とし、またその目的達成のためにはやむを得ない規制であるとの理由からこの条例は合憲であるとした。これには「有害図書」と青少年の非行が安易に結びつけられているとの批判がある。伊藤正己裁判官による補足意見もその点を指摘している(ただし、結論として本条例の合憲性を認めている)。
教科書用図書検定
教科用図書検定が検閲にあたるのではないかという議論もある。この議論は家永教科書裁判に関連して活発化した。この一連の裁判において最高裁は、検定制度自体が検閲や事前抑制に該当することはなく合憲であるとの判断をしている。ただし、検定制度そのものが検閲や事前抑制であるとして禁止されることはなくても、検定の内容如何によってはそれが適用違憲または裁量権の逸脱・濫用による違法となりうるともしている。
最高裁が検定制度を検閲にあたらず合憲であるとした理由として、検定不合格となった書籍を教科書として使用することはできないけれども一般図書として「思想の自由市場」に登場させることは可能であることを挙げている。これに対しては従来から「検定不合格となった書籍の出版を引き受ける出版社は事実上皆無である」という批判[要出典]がされてきた。しかし、その批判の一方で、歴史教科書問題で検定不合格となった家永三郎の三省堂『新日本史』(三一書房『検定不合格日本史』1974年)や西尾幹二ほか『新しい歴史教科書』(扶桑社2001年)が一般図書として販売された事例も存在する。
インターネットにおける検閲
インターネット上のテレビ局のサイトや芸能人の事務所管理の公式ページなどに併設されている電子掲示板では不適切な内容、誹謗中傷、また自分たちにとって不利な内容や掲載することで評判を落としかねない不利な評価などを管理者側が意図的に掲載しないことを転じて蔑称的に検閲と呼んでいる。
2008年3月26日、広島市議会において青少年と電子メディアとの健全な関係づくりに関する条例が可決、成立し、2008年3月28日付けで公布された。2008年3月26日に同法施行規則が公布され、同法第14条に基づき「広島市青少年と電子メディアに関する審議会」を2008年4月1日から先行して施行される。最終的に同法は2008年7月1日から完全に施行された。
2008年6月11日、青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律(青少年ネット規制法)が制定された。